台風23号に寄せて


平成16年10月20日夜

ここ数ヶ月、続けざまに自然の猛威を目の当たりにしましたが、
今回は、長年愛し愛された桜が倒れてしまった淋しさと、
猛烈な嵐の中の自分の非力さを痛感しました。
大木が倒れてすべてがぺしゃんこになりそうでも、どうすることもできません。
釈尊の臨終が近づいた時、涙にくれる阿難に、釈尊がかけた言葉が聞こえてきます。
「阿難よ、泣くな。作られたものは無常であり、生じては滅びるのだと言ったではないか。愛しいものであっても別れねばならないのだ。お前はよく仕えてくれた。(日常の苦を洪水に譬えて)自らを中州とし、法を中州として、怠ることなく努めなさい。私はもう、教えるべきことはすべて語り終えた。」
無常とは、悲しみを根底にした教えの言葉です。
悲しみと悲しみとが響き合います。
中州とは、舞鶴市の観光バスの屋根のように、洪水に呑まれない所です。
洪水の中で生きよという声だと、私は聞きます。
親鸞聖人の言葉も聞こえます。
「煩悩具足の凡夫、火宅無常の世界は、よろづのこと、みなもてそらごと、たわごと、まことあることなきに、ただ念仏のみぞまことにておはします。」
親鸞聖人という偉い人の言葉だから、無条件に信じるのではありません。
この言葉にうなずくことが、氾濫する川の中洲かも知れません。
台風23号の轟音のさなか、念仏のいわれにどこか満足するのでした。



たらいやぞうきんが足りないほどそこらじゅうが雨漏りで、寺内を歩き回っていたその時、異様な光景が目に入りました。ご門の電光に黒い影が。木のようです。石像横の百日紅か?いったいどうなったんだと、本堂の戸を少し開けてよくよく目を凝らしてみると、なんと門の脇のソメイヨシノと門の手前の八重のしだれが完全に倒れていました。午後8時頃だったでしょうか。















毎年モコモコに咲き誇っていたソメイヨシノの臨終をさとり、重い気持ちで本堂の戸を閉めようとしたときのことです。戸がびくとも動きません。本堂全体がミシミシと大きな音を立ててきしんでいたので、そのせいかと思った矢先、バーンという衝撃音と共に戸が吹っ飛び、階段に落下してバリバリとガラスが砕け散りました。何と、戸締りしてあるはずの本堂内を、強烈な突風が吹きぬけたのでした。翌日になって気がついたのですが、本堂の畳も、縁の下からの風でまくれ上がっていました。






















翌朝になっても、まだ風が強く、時折雨が降る天候でした。桜は、完全に根っこから浮き上がって倒れていました。これではもう、元には戻りません。階段に沿うように長く枝を垂らしていた昨日までの姿が目に浮かび、深い悲しみと、今まで受けた恩恵を思います。はねあげられた根の株には、所在無げに一匹、大きなガマガエルが座っていました。















明るくなって分かったのですが、昨晩、境内の中に倒れて見えていたのは、八重のしだれ桜ではなく、大きなイチョウの枝でした。八重のしだれ桜も確かに倒れていましたが、イチョウの枝の下敷きになっていました。こんなに大きなものが、かねつき堂の上を越えて飛んで来たのかと思うと、背筋が寒くなるのを感じます。風尾のお寺のイチョウの木も、かなり太い部分から折れ、地面に突き刺さったそうです。














境内そこらじゅうが、トガ、イチョウ、スギなどの枝で埋め尽くされた感じでした。植木鉢はいうまでもなく、雪囲い用の波板を始め、本堂の縁の下から、コンパネや桜祭り用の腰掛などが押し出されていました。


















真っ先に見回って下さったのは、瓦屋さん。屋根がかわいたころをみはからって、こともなげに本堂の大屋根の修理にかかります。下から見上げる方が心配。鬼瓦をまたいで、裏へまわっていく様子などはまさに職人技。その後、ご門の屋根、かねつき堂の屋根とあっという間に修理して、昼食も食べずに、違う現場へと急いで行かれました。















有難いことに、次々と人が集まってきて下さいました。レッカーまで駆けつけ、チェーンソーを操る人と息を合わせながら、慎重な作業が続きます。運転手さんによると、根の株だけで400kgあったそうです。2台のチェーンソーは、給油を繰り返し、何度もヤスリで歯を研いでいました。

















軽トラックも2台がフル回転。朝から夕方まで、何度往復したでしょうか。携帯で会社に連絡するやいなや、仕事を休んでまで作業をして下さった方、持病を押して寺へ来て下さった方など、本当にみなさんの思いを感じます。


















倒れた八重のしだれは、だめもとで起こしてみることになりました。根がほとんど残っておらず、枯れずにすむかどうか分かりませんが、重機をレンタルしてくるから、やってみようとのこと。これも、作業をして下さった方の気持ちが伝わってくるようです。ざくろの木も、同様に起こしていただきました。
















夕方、見違えるほどきれいになりました。みなさん、本当にありがとうございました。「仕事は大勢、うまいもんは小勢じゃ」という冗談も、頼もしく聞こえました。

















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