本山落慶法要 団体参拝記

4月2日(水)参拝


5:00 西雲寺発 各在所経由  5:50 鯖江IC
9:00 本山着
9:30 御真影遷座式 (我々は大師堂で待機)
    御真影遷座法要(舌々正信偈 短念仏 和讃1首)
10:40 大師堂修復落慶法要
     御門主御親言 宗務総長挨拶 法話(新潟 花井性寛師)
12:40 おとき お相伴
13:30 帰敬式
    須弥壇法要   (もう1グループはバスにて市内観光)
15:20 本山で合流 東山の本廟へ向かいます
15:40 本廟参拝
16:20 本廟発
16:50 京都東IC
19:40 鯖江IC 各在所経由  20:40殿下着予定


本山の落慶法要にお参りして来ました。
笙やひちりきの楽隊に先導され、
おごそかに親鸞聖人のお木像(御真影)が入堂すると、
お参りの方々から、静かなどよめきが起こりました。
工事の間、仮安置してあった阿弥陀堂から、
一新された大師堂へと座を移されたのですが、
750年前に亡くなった方が、目の前を通るかのようでした。
おそらく、お参りの皆さんの胸にも、
何らかの思いが湧き上がったのだと思います。

750年、いやそれ以上、
親鸞聖人を通して連綿と伝わってきたもの
それは何でしょう。
このひとつの宿題に、僕はからめ取られています。
大事にされて伝わってきたのは、
 ☆親鸞個人の資質の偉大さ
 ☆寺、仏像、教典などの古さや希少さ
 ☆真宗、もしくは佛光寺派という宗派
でしょうか?
そういう話なら分かりやすいんですが、
親鸞という人がそれらを伝えたかったとは、僕には思えません。

では何を伝えようとされたのか。
逆に言うと、じゃあ、僕は何を子供に伝えるべきなのか。
明日にも命を終えるなら、
たったひとつ残すなら、何を子供たちに話していこうか、
何を先輩から受け取って、何を後輩に残していくか、

それはやはり、「仏の願い」を聞くばかりであること、
僕はそう言えるかと思います。



バス会社のご厚意?で父子仲良くご参拝!それにしても嬉しそうなお父さん。



バスが本山まで入れず、ゆっくりと歩いて向かいます。



正面の門。



法要の前に記念写真。



いよいよ大師堂に入られます。



6人の式務衆と御真影。



満堂の注目を集めます。



楽が響き、法要が始まりました。



「見真」の額の下、みなで正信偈を唱和しました。



宗務総長が表白(ひょうびゃく)を読み上げます。



念仏の教えを伝えていってほしいと、花井師のご法話。



お酒を振る舞うコーナー。私もよばれました。



いただいた写真です。



午後からは帰敬式(おかみそり)が行われ、法名をいただきました。



名前をいただき、人生第2の誕生日を迎えられた皆さん。



四条大橋から鴨川。遠くに比叡。



本廟(ほんびょう)へお参りしました。



みなで正信偈を、こんどはいつもの節をつけて唱和しました。



ここも、北陸とは一足早く春らしい雰囲気でした。



帰りの高速にて。運転手さん、ガイドさん、ありがとうございました。